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深深の意味深(みしんのいみしん)

浅学非才の輩による四方山批評

平成の玉音放送に万歳三唱落涙なし

玉音放送である。


平成28年8月8日15時。天皇陛下の「お気持ち」が表明された。
約10分の映像で、各メディアから配信されるという形をとった。

今回の映像は、ビデオメッセージとして7日午後に皇居・御所の応接室にて撮影された。

残念ながら、社会の歯車たるこの身である。
本来、「帝国」の国民としてであれば、定刻と同時に情報を共有すべきなのであろう。

が、「日本国」などというわけのわからん国名がそれを示すよう、時代がそれを許さぬようで。
受信機の前で正座待機、涙を流してリアタイ視聴する時代ではなくなってしまったということであろう。

物の話によれば、政治的な意図があったとか、なかったとか。

 


最初に長い長い能書きを垂れる。
勢いで書いていたら、メインディッシュはかなり後になってしまった。


本来的に。
現状の我が国は、客観的に見れば帝国である。

Kingを、Queenを戴く国はKingdomである。
王を冠する国家であるのならば、立憲だろうが専制だろうが、王国である。

公王なら公国。皇帝なら帝国。
共和制なら共和国。連邦制なら連邦。

私は、天皇は皇帝と同一視できると見る。

天皇は我が国固有の地位/制度/呼称であるから、皇帝とは別の意味/存在であり、ゆえに皇帝とは別モノだ。
だから、皇国たるべきだ。
――という主張が存在しうるのは認識している。
「皇国」とやたら使いたがる人物は、そういう意見を持っているか、或いは、「皇国」にカッコよさを感じているのだろうと邪推する。

が、私は特に。そこに拘りを持っていない。
フラットに、天皇は皇帝と同一的であるから、帝国でよかろうと思っているし、
事実、歴史的には「大日本帝国」が同じ文脈であろうと思われる。

ちなみに、私は「帝国」に多大なるカッコよさを感じる。
なお。個人的に、明治政府が「大」をつけたのは大失敗だと思っている。

しかし、「日本国」って呼称はすわりがよろしくないよなあ。

単体だと「にっぽん」と「にほん」。
一応、前者が公式?というか、正式というか、とにかく、フォーマルな発音らしいけれど。
どちらかで選べば、後者の方が好みではある。

や、でもどっちもそこまで大好きな音じゃないな。
扶桑、大和、瑞穂、敷島、八洲、東瀛……この国のことを指す名前はまあかなりあるけれど。
「帝国」とセットだとやっぱり「扶桑」がナンバーワンか?

まあよい。別に「日本」にそこまで不満があるわけでもない。
問題は「日本国」である。

実態を無視して何らかの意図がはたらいている上、極め付けは、発音するとだっさい。
ケチをつけるなという方が無理な話である。
なんとかならんか。


ちなみに。
私は冒頭で「帝国」の「国民」と表記したが、これは意図したものである。
我々は決して臣民ではないぞ。

天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」(憲一条)

ほらな。
天皇は象徴であると謳われ、事実、現在の天皇制は象徴たることを徹底している。
……と、私は思うし、おそらく右からも左からも根本部分での反論は飛んでこないはずである。

つまり、憲法のもと、民が臣であるとは定められていない。

実態に即していえば、我が国は帝国であり、我々は国民なのである。


あと、天皇陛下のことを指して「天皇」「天皇」と呼ぶのは、主義者だけにしておきなさい。
と、思う。

平たく言えば、「陛下」をつけろよデコスケ野郎、ということ。

天皇制に特に何も思っていないのであれば、良識的に、陛下をつけるべきなのである。

諸君らは先輩や上司のことを「~~さん」と呼ぶだろうと。
後輩や同僚を「~~くん」と呼ぶだろうと。

大統領は閣下。

教皇は聖下。

枢機卿猊下

国王が陛下で、
天皇も陛下である。

そう呼びたくないのは、一般的に、天皇制に反対を示す者であろう。
そういう者は、そういう主義主張なのであるから、陛下という尊称を用いないのも理屈としてわからん話ではない。

が、そうでないのなら、尊称を用いればよい。

天皇」には「陛下」がセットです。
在位にある/あった個人を、特に、今上帝を意味する際には、つけるべきでしょう。
良識に沿った言葉を使った方がいいでつね。

もちろん、文脈によるぞ。


話が盛大に脱線をした。
あまりに盛大過ぎるため、次回からこのような盛大さを「大盛大」と呼称することにしたい。
不可逆でないのが救いである。


取り急ぎ、手持ちの電子辞書にて調べてみた。
【玉音】天皇の声。ぎょくいん。(大辞泉

放送も調べてやろうかと思ったが、あまりに冗長なので略とする。

今回のお気持ち映像は、紛うことなき、立派な、正式な玉音放送なのである。
歴史的な瞬間に立ち会うことができ、震える。震える。


さて、我々の間でこの70年、最も有名だった玉音放送は、もちろん。
昭和20年8月15日の


「負けちったし、そゆことで」


通達時のそれである。

――朕深ク世界ノ大勢ト帝國ノ現状トニ鑑ミ 非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ收拾セムト欲シ 茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク――

――朕ハ時運ノ趨ク所 堪ヘ難キヲ堪ヘ 忍ヒ難キヲ忍ヒ 以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス――

この放送は、内廷庁舎にて8月14日深夜からはじまったもので、翌15日に放送された。
一連のエピソードは近年、映画にもなった……ようである。私は見ていない。
ジュラシックワールドを見た時、予告が流れていたような記憶がある。

いーくらよさげつっても、同じ1000円2000円払うなら、話題んなるヤンキームービー見ちゃうよなあ。


また逸れた。

つまり、今回。天皇陛下の肉声を録音録画して、公共電波で流し、我々の耳に届いたということである。
結論、平成の玉音放送なのである。

無論、生放送でも玉音放送になろうが……放送事故のリスクを考えれば、宮内庁がGO出すわけがないよなあ……


さて、その玉音放送を聞いて。
私は、
「昭和帝ってめっちゃ頑張ったんやなあ」
思った。

まあ、もう時代が違うってことなんだろう。
きっと、ド根性で死ぬまで天皇やり切るぜって時代じゃねえんだ。

天皇という位にいる人間が、それを口にできる時代になっているんだなあと。
そんな感じを受けます。

「時代に合わせた天皇制」

これが、万世一系、皇統を存続させてきた、とりあえずはケチのつかぬ継体帝から数えても、文句なく世界最長として遍く世に知らしめてきた、我が帝国が戴く象徴の、生存戦略、そのキモなのであるからして。
天皇制」という「システム」は、おそらく。
「時代」を敏感に感じ取り。
その生存のため。
「今上帝」というデバイスを用い、アップデートを施そうとしているのではなかろうか。

なあんちゃって。


政治的意図。
これね、難しい問題だと思う。

正直、私程度の人間が持つ材料では、判断つきかねる。
それは、市井の人間一般として見ても、同じことが言えよう。

その辺の知識人クラスでも難しいと見る。これは私見。ある意味で偏見かもしれない。

ただ、事実を整理することはできるので、試みてみたい。


私は、陛下の発言のコアを、ざっくりまとめると以下のように捉えた。

・陛下が年齢により、近年、体力的な限界を強く感じている
天皇の役割は国民に心身ともに寄り添うことである
・実現のためには、心身が充実している必要がある
・代理を置いたとしても、突き詰めればそれは天皇ではないし、天皇がダウンしていれば、もちろん先述の責務をこなせない

「あるべき姿がこう、私の現状がこう、今のルールがこう、代案には欠点があるから、つまり――」

というロジックの誘導だよな。
まあ、反論もありうるにせよ、これはこれで筋の通る理屈ではある。


では、最近の状況。事実。そして、強く推測される事柄。

・陛下は大病と手術を経験されている
・高齢である
・政局は、改憲に大きく踏み出さんとしている時流である
・原稿には少なくとも宮内庁、もしかすると、いくつかの立場から複数のチェックが入っている
・撮影は複数回のテイクが存在する

関連付けられるかは微妙な、ものすごく微妙なところだ。

まず、陛下本人の本当の「お気持ち」とやらが、原稿の何パーセントまでを占めているのか推測することができない。
0~100までありうる話なので、どうしようもない。

しかし、絶対確実といえるのは、誰が起草した原稿であるにせよ、細かい論点チェックと、単語の一つ一つから、その意味を十分に検討されつくされたうえで選び抜かれた言葉の連続たる、完全無欠に完成された文章であるということだ。
だから、その(表面的な)内容については、今後の方向性をそのまま示すものと考えてよい。

しかし、先にも述べた通り、その「表」すら、「誰が」描いたのかわからない。
この「表」から波及させて、世にどのような効果を持たせたいか――つまり「裏」など、推測のしようもない。

もし。
もし、陛下のご意思が100%で、かつ、その裏の意図が、「左様」なる政治的意図を含んでいたとすれば。
今回のような形で(手口で、というには確証が無い)その政治的意図が、達成されてしまう余地が僅かでも存在してしまうのであれば。

「象徴」たるべき天皇には、権力が存在することになる。
明確な違憲である。

前提として、天皇は我が国の象徴である。
憲法がそれを規定している。
そして、憲法は、国家の基盤なのである。

陛下に権力があったとなると、それがどういう意味をもつか。
それは、陛下がその、憲法を否定する、つまり、国家の基盤を、ご自身でひっくり返すということなのである。


個人的には。
ごく、個人的には。

一生懸命頑張った老人が「よくやったので隠居したい」と、心からぼやいたその時、時代が、そういう局面であった。

そう思っていたい次第である。


蛇足に、穿った妄想、妄言の類を。

この論議、風雲を巻き起こすこと、間違いない。
そして、制度としての関係上、絶対に憲法(学)にも触れられることになる。

つまり、衆人の監視する白日のもとへ、「憲法」が晒されるファクターが。

衝撃とともに、ものすごく、強く、確実に晒されるファクターが。


増えた。

……ことには、なるまいか?

これは畢竟、「憲法」に対する議論を、加速させることに――――


……そんなわけで。

天皇制と国体とその周辺について、諸々。
いい機会だったので、とりあえず雑感を。


最後。

道州制が採用された暁には、「日本連邦帝国」。
コレ。

超期待してるから。