深深の意味深(みしんのいみしん)

浅学非才の輩による四方山批評

明日が見えない歌詞に物申す

「たとえ明日が見えなくても」
 ……みたいな歌詞の歌ってあるじゃない。
 私の感覚から言えば、なーんか納得いかない部分があるのだな。

 今日は、あれに物申す。

 思うに人間、明日が見えないから辛いんじゃないのである。
 明日が見えないから絶望するわけではない。

 明日は今日の延長線上にしかない。

 人間はその発達した頭脳により、高度に予測のできる生き物である。
 その日の餌だけ考えてるどーぶつとは違うのである。

 つまり、今日が辛くて苦しくて、そのうえ、何をどう模索してもその苦境を打開できるだけの要素が見当たらなくて、
 どうしたっても覆せない暗い明日が見えてしまうから、辛い明日が見えてしまうから。

 だから絶望するんじゃないのか。

 まあ、そういう意味では、「明日が見えなくても」って言い回しはそもそもおかしい。
 ただ、似たような仲間に、もっと許せん表現がある。


「雨はいつか止んで晴れる」
「暗い夜にも朝が来る」
「長い冬にも春が来る」

 いや、その雨が、夜が、冬が、
 あまりに厳しすぎて、
 あまりに長すぎて、

 耐えられなかった者が、死ぬんじゃないのか。

 その歌詞に「想い」があるとするならば、本当に届けるべきなのは、届くべきなのは、
 今まさに、助けを求めている、絶望している、死にゆこうとしている、
 そういう人たちじゃないのか。

 とまあ、そういう理屈の上で考えれば、上記例示の歌詞ってえのは、どーやら「そういう人たち」対象じゃあないわけだな。
 本当に必要な人たちの方には向いてないっていうか。対象になるべき対象者が対象になっていない。
 なーんか、生き延びられるだけの余裕があること前提なんだよな。

 前提が違う。
 余裕のある人間しか視野に入っていない。
 余裕のある人間にしか届けるつもりがないってことなんだろう。


 つまり、どういうことか。

 なんとなーく見えてくるのは、
「俺の歌をこの世の遍く人々に届けたい、支えたい」
 ってわけじゃねえんだなって。


 つまるところ、

歌手「売れたい」
事業者「売りたい」

 これだ。


 更に踏み込んで言えば、こうだ。

「俺の曲は、俺の曲に金払える奴専用なんだよな。だから貧乏人はダメ~」


 これだ!
 もうみしんの頭脳はロジックのブロックでがっちりはまってしまったぞ。
 生半可な反論では「ふーん、で?」としか言わなくなったぞ。

 唯一許してやる異論があるとすれば、

「はあ? 受け手のコトなんて考えて曲作ってるわっけねぇ~~っすよぷげらげら、俺様ちゃんのイカした才能を世の凡俗共に見せつけるために曲作ってんの!
でも俺様ちゃん、音楽の才能は溢れてたけど、オツムはちょっち自信ねえんだわ。ぶっちゃけ歌詞とかてきとーっすよてきとー。そんな深いところまで考えてねー(笑)
ありがちーなセリフをありがちーな流れでありがちーな音符の中に閉じ込めたら、ハイ、一曲完成! お金ががっぽりがっぽりってな寸法でっす(笑)」

 うん。納得。

 だってさ、無いじゃん。意義。

「たとえ明日が見えなくても」
「雨はいつか止んで晴れる」
「暗い夜にも朝が来る」
「長い冬にも春が来る」

 で? っていう。

 誰に向かって、なんのために?

 ……ん? 待てよ?
「誰に向かって」「なんのために」?


>「俺の曲は、俺の曲に金払える奴専用なんだよな。だから貧乏人はダメ~」


 あはー、つまり、
 すぐ明るく見えるような明日の、
 すぐ止むような雨の、
 すぐ明けるような夜の、
 すぐ終わるような冬の、
 ぬっる~~い連中に向けた、うっす~~い曲なんだ!

 要は、その程度の層に向けた、その程度の曲ってことだ!

 あはー、納得。
 社会のボリューム層に届ける、外側ばっかりきれいな商品なんだ。

 つまり、資本主義の豚だ。
 拝金歌曲と呼ぼう。
 金の生る歌だ。

 そうでなかったとしたら、歌詞を蔑ろにしたクソ以下の歌だ。


 以前、どこかで、「(日本の)昔の曲は詞先だから感情がストレートに伝わってくる」みたいな文章を読んだ記憶がある。
 まあそういうこともあろう、と、やけに納得したことを覚えている。

 また、これまた以前、NHKのアニソン特集で、畑亜貴女史が「この音符だと次に移る時の発音の容易性を考え、コトバをこのように配置する」といった趣旨の発言をしていたことが強く印象に残っている。
 みしん思ったよ。それ、技術やん。小手先の技術やん。

 思えば、はたーきには色々恨みがあるぞ。せっかくの旋律にわけのわからん歌詞をつけやがって。どうしてくれる。
 いや、でもまあ、「雪無音窓辺」の「寂しい粒」周辺のフレーズはやばいすごい思う。
 ……と、話が逸れたな。これはまた別で記事が書ける。

 まあ、わけのわからん歌詞を、マジにこれがイイ!と思って歌っている人たちも居よう。
 そういうのは、本当に受け手のことを考えて作ってるんじゃないんだろう。
 ただ自分の思うままに作り、歌っているわけだから、ついていける人間だけついていけばよろしい。
 私はある程度までなら妥協するぞ。
 もともと、旋律も歌詞も、歌声まで全部好きになれる曲ってなかなかないもんだしな。


 資本主義に塗れた「歌」、好きか?
 私は大好きだぞ。